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autobiography.
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自分は神にさえ怯えました。神の愛は信じられず、神の罰だけを信じる
ー太宰治、「人間失格」 今日5ヶ月ぶりに日本の携帯を開いて見てみたら、下書きの欄にこんな文章が。 なんか恥ずかぴ ここでの生活もあと一週間… そういえば、全然関係ないけど、この前アヒルが水面を全力疾走してるの見た。 足がぐるんぐるんなってたよ。なるとみたいな足 非公式の知識を持った野蛮人 PR
この作品のテーマはneutersex、つまり中性の性である。性別について考える時、人は肉体において女性か男性のどちらかの性に属している。精神においては、ホモセクシャル、バイセクシャル、ヘテロセクシャルに代せられるように性的志向が人によって異なる。肉体は男性だが性的志向は同性愛であったり、逆に肉体は女性でも性的志向が同性愛であったりと、偏愛を持つ人もいる。だがそれはおそらく自身の中で男性らしさ、あるいは女性らしさを無意識の中で兼備していることに他ならない。考えるに、人は生まれながらに両性の性質を持っている。その性差の傾きの度合いが男性か女性どちらに傾いているのか、あるいは均衡を保っているのか、ということによって性的志向が決まってくるように思う。だがそれとは別に、一歩引いて、その男性らしさ、あるいは女性らしさとはどのように人に感受されているのだろうか。無意識なしぐさ、あるいは肌の質、微細だが確実に性差に影響を与える何かが存在する。それがたとえ同性愛であろうと異性愛であろうと、そして両性愛であろうと、男性らしさ、女性らしさを隠匿している。性差の決定的な相違はどこにあるだろうか。
そのような男性らしさ、女性らしさを考えた時、極めて女性的な男性、或は、極めて男性的な女性はどの性的志向に属するのか。例えば男性の異性愛者の場合、もちろん女性を性愛の対象とするのだが、彼は女らしさを兼備している。咀嚼すれば女の子っぽい男の子。【neutersex】とは、そのように性的志向に対して行き場を失った性質をもった人のための新たなカテゴリーである。
この作品において、デフォルトの表情のない顔は、肉体的な性別の女性を表している。この作品は一つの男性らしさ、女性らしさを知る試みである。女性の顔に女性の顔があれば、女性らしさを、男性の顔が混じっていれば、男性らしさを感じることができるだろう。
右目、左目、唇を中心にそれぞれに男女各2名ずつ配置してある。顔全体をすべて男性で構成することも女性で構成することもできる。そして女性の顔に少しでも男性の要素が混じれば、男性らしい女性になるのではないのか。neutersexに。
壁って不思議や これさえ超えれば自由なのにって思ってて、いざそれを乗り越えるとまた新たな壁にブチあたる。しかもこの壁は以前の壁のブラインドになっていて見えなかったからたちが悪い。 何度も何度も考えられない壁に直面して大変やわ
英語版で 耳をすませば見たよ 昔の淡い恋を 思い出した その子 今度 結婚するらしい 何かが 一つ カタンと 終わりを告げた 生真面目な偽善者
初詣に教会へ行った
儀式としてパンをひとかけらと、聖杯としてぶどうジュースを飲んだ。
breakfastの語源は、キリストが悩める子羊達にパンをちぎって(break)してあげていたことにあるらしい。だから儀式にもパンが。そしてブドウジュースは回し飲み
アーメン
ピペットで抽出した精神をリトマス試験紙で。
きっと中性ではないだろう
お酒は…
神の味
最近、なぜか将棋にはまってる。オンラインで無料でできるから、ついつい暇つぶしに1局、また1局と指してしまう。興味本位で5日前ぐらいから初めたんだけど、最初の方はたじたじで飛車の侵入をどうやってとめるのとか分からず、後手後手で苦労した。今思うとあれは素人つぶしの戦法だな。
昨日今年初めて勝利した。何よりもうまい美酒だ。今までの人生で勝負して勝った喜びの中でも、もしかしたら1番うれしかったかもしれない。先を考えて行動することの苦手な僕にとって、かなりいいエクササイズになりそうだ。
追憶からの脱出
投射の我が身
一番嫌いなあめ玉と
なりたかったてんとう虫
僕はどうすればいいんだ
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